Naoki Matsumoto

きっちょむの壷(わっとひろげる) 2015 古信楽(伝 室町時代)を切断、継ぐ 34×34×42.5 cm

 個人的には荒木経惟を重ねることもある室町時代の臨済宗大徳寺派の僧、詩人でもあった一休宗純闊歩の後、ほぼ百年後の九州大分に居たとされる廣田吉右衛門は、明治期に吉四六(きっちょむ)という主人公と見做され吉右衛門譚として編纂され市井に広まった。自殺の未遂もあったとされる戒律形式から離脱する一休の禅批判精神としての男色・飲酒・肉食・女犯などの風狂は、江戸期に頓知咄(とんちばなし)となって脚色された。これが踏み台となって吉四六が派生したのかもしれない。いずれも、長い時間を経てから固有な人間の人生が「頓知」に化け、時代環境下の民衆の共感を呼んだとされる。
 暗黙忖度を破壊する批評的性質と合理が明示(笑い飛ばす)される「頓知」を、松本は自らが生きる時勢に「きっちょむ」という名でインストールし、これまでの修復論的(非再生)な折衝創作に、別のなにものかを芽吹かせている。一休の「戒律形式から離脱」期(室町後期)に、頓知の出自があったとして、同時代の欧州の出現に相対照射すると、あからさまなミケランジェロで示される後期ルネサンスから、マニエリスム、バロックへと崩れていって現出したレンブラントやルーベンスの光学的現象追求(現実感の獲得)、ベラスケスの皮肉とが、頓知出現と同期するようにも眺められる。松本の「きっちょむ」には、この同期性(解体批判からの修復)を現代に回帰反復させたバロック的(古典主義)な諧謔笑が漂っているが、冷笑というよりどこかおおらかな健全さがある。

 骨董オブジェに対して、切断行為を与え、再生ではない再構築(修復批判)を施す作品は、一見浅薄な括りで眺めれば、アイディアルでデザインティックな観念的遺伝子組み替えの流行(はやり)の作法と薄味で済ますこともできる。傍若無人なミサイルが傲慢に上空を抑圧し日に日に苦境を呈する現代社会であることを加えてそこに戒めると、人ではなく「ものが夢をみている」唯物論的な道具に牽引された顕われとなって、新しいというより身に纏うべき諧謔の意識としてわたしたちの中に作品は、手探りで善し悪しを問う意味と感触を目覚めさせる。ユニットによる活動を並走させながら「古釘に名前を与えた作品」をパッケージし、廉価にて販売しこれが結構売れている。だが、ワンコインの作品を大量に販売しても大量生産工場でない限り創作行為の見返りとしては黒字とはいえない。ただし累々と継続的に「名前の与えられた古釘」作品制作を持続させれば、そのボリュームによってなにものかが大きく剥き出しになる可能性が秘められている。「きっちょむ」が切り込むのは世代各層なのかフロント(前衛)なのかまだわからないが、どこか不届きな作品は、古(いにしえ)から繰り返された批判精神を含む笑いを静かに与えつつ、更なる転倒の荒技を期待させてくれる。

 視覚藝術が、映画的大衆娯楽性(エンタテインメント)を保持しない限り、個人主義的な創作継続は原理的に不可能である経済的社会生活の中に作家の唯我独尊も住まうしかない。パトロンによるサポートもなかなか難しい創作活動は、抑圧的なクライアントの従僕者としては十全なものであるとは言えない。過去幾度か示された意識の世代格差も、松本の「道具論」の示すように、デバイス(道具)によって情報の近似値を共有する環境となり、大人びた子供、子供染みた大人が節操無く同居し、差異の霧消したかの錯覚の中、折衝の判断を曇らせた不愉快をその隙間に並べるような社会で、矛盾する思索拮据としての創作は、様々な立場で多様な状況を醸している。
 作家が辿り織り成す文脈としての作品の筋を、彼の足掻きとして受け止めるのは、社会ではなく、我々多様で固有な個人となりつつある。

 松本の切断折衝修復された逆さまの壷の作品が、新世代の老境の未来(21世紀末)の茶室に安置されている光景(妄想)を浮かばせると、墓の中骨になっていても世の中まだ棄てたもんじゃないと思えるのだった。

文責 町田哲也