ナガノオルタナティブ 2017_01
「プリベンション」徳永雅之展
2017 7/1,2,6,7,8,13,14,15,20,21,22,27,28,29 – 14 days –
12:00~17:00 ¥500-
@ FFS_Warehouse Gallery
2017 7/29 sat ・16:00~ ギャラリートーク・18:00~ テクノ・連協ライブ
森田亮( G,Vln.Vo)徳永雅之(Dr)によるユニット
*ロジェ・ア・ターブル ¥1000- (入場+ライブ+お料理) *当日限
*ドリンク:FLATBAR(別途有料)
同期展開
「徳永雅之 光の絵画」
トポスパブリック2017-02 : 7月~9月
@医療法人北島眼科クリニック 待合室
artists statement
カメラとは似て非なる、人間の視覚、それに意味を持たせる知覚の事をよく考えます。どうあがいてもカメラのようにフラットになれない人間には、そこにには存在しないものを感じる、イリュージョンを持つ能力が備わっています。絵画や彫刻をはじめ、あらゆる表現はそこから生まれるべくして生まれたのだとおもいます。月に兎は居なくても、そこはクレーターだらけの荒涼とした風景だと知っていても、人は月の姿を楽しみ、ほんの少しだけその姿が大きく見える満月の日には、見えた、見えなかったなどと一喜一憂したりしてしまいます。布を織って作られたキャンバスに、顔料を練って作られた絵の具で描かれたものが、観覧者の心の中で形作られるものは、物質ではなくなり、平面に形作られた空間になり、世界になります。90年代に観た、コメディチックなSF映画「ギャラクシー・クエスト」は、抜群の科学力と、並外れて真っ直ぐな心を持ちながらも、コピーしか出来ない異星人サーミアンを通して、「嘘」を楽しむ生き物であることが、人間の創造の鍵だという示唆に満ちた映画でした。私が描こうとしているのは光であり、空間のようなもので、それ以上の何かをイメージして描いているわけではないのですが、作品が自分の手を離れ、観覧者の中で広がっていく事が重要だと思っていますし、自分にとってもアートを含めた全ての表現は、ある種の体験をするための装置なのではないかと思っています。今回の展示は90年代から現在に至るまでの作品を展示します。変化している表現と、変わらない軸のようなものが浮かび上がってくる展覧会になればいいと思っています。
text by 徳永雅之
https://www.tokunagamasayuki.com
ー表現者にとってプリベンションは一種の障害である。しかしそれは障害として表現をはばんでしまうのではなく、あくまでも表現を支える構造として検証可能な装置である。プリベンションを計画的に作り出すとは、それ故に障害のごとく立ち現れ、しかも障害は乗り越えられるよう計画された装置を作り出すことであろう。
プリベンションは阻止しかつ誘導するという両義的な性格を持つことになる。
障害を乗り越えるのは作る側の表現行為である。しかし見る側もまたなんらかの方法によってそれを克服できるよう計画されていなければ、プリベンションは表現者の一人よがりになってしまうだろう。
プリベンションは表現の媒介項であり回路である。それはまた同時に他者との回路でもあることによってある種の客観性を持ち、解読可能な表現として作品のうちにふくまれねばならぬだろう。
作品の決定因がプリベンションとして作品に内在化され、作品はその内因性を、他者とのコミュニケーションの場とするだろう。
絵画はいま一度、その内因性によって語られる時代を迎えるだろう。ー「絵画論」宇佐見圭司より抜粋引用
「プリベンション」
ー「現代美術」は従来の美術の範疇から離脱して、別の範疇として考えねばならない表現行為となった。ー
とはじまる、宇佐美圭司氏(1940~2012)著作「絵画論」(1980年発刊)は、時代の空気を象徴的に明証する言葉が鏤められており、37年がすぎた現在でも、今を生きる者の背筋を矯正する力がある。
美術家を志望する者たちの「失画症」から進む「絵画論」には、自閉症の病例記録を引用し絵画論の理論展開へ繋げ、やがて「プリベンション」という概念が示される。これは、表現行為とそれをささえる知の中間に置かれる媒介項=装置として示されており、装置は感性に順応することによっては形成されないと示される。美術表現には、見たまま感じたままといった個の感性に根ざした入口が待ち受けているのではなく、装置をつくるといった観念的で知的な操作が要求され、プリベンションによって感性が運動をはじめる場が設定されるのだと展開する。
「プリベンション」をテーマに2017年ナガノオルタナティブ1回目の企画展として、画家徳永雅之氏を招聘し、固有な表出展開(プリベンション)を行う画家の知性の中央に置かれたプリベンションとは一体何かを追求し見極めたい。
文責 町田哲也(企画)
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